pazuのノスタルジックな道具

愛着の道具と遊びの回顧録

バイコフの森

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作者のニコライ・アポロノヴィチ・バイコフ(1872-1958)はロシア帝国の極東警備の軍人でした。彼がなぜ沿海州へ、さらに満州へと来たかは日露戦争、三国干渉、清帝国よりの鉄道施設権、満州国の成立などが絡みますので割愛します。シベリアトラとは朝鮮虎、アムール虎、ウスリー虎ですね。朝鮮半島から満州、ロシア沿海州、北は黒竜江までが生息圏でした。今は沿海州のみに500頭程度か。

300Kgの猫を想像できますか?獲物の鹿が極端に少ない年は虎の胃袋は満たされません。そうなると彼らはヒグマを襲います。熊の頸椎を牙で断裂させます。戦前の牡丹江(ムーダンジャン)、松花江(スンガリー)流域からウスリー江(これらは北に流れ黒龍江に注ぎます)の沿海州タイガの森は彼らの王国です。この周辺のハンターは世界最強と言われていますがバイコフもまた抜群のハンターでした。極寒のタイガでは忍耐を要求されます。一瞬の判断ミスが死を招きます。

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戦後は機械化による森林伐採で虎には受難の時代ですがバイコフもまた大東亜戦争関東軍、特務機関と時代に翻弄されます。最後の地はオーストラリアクィーンズランドのブリスベンでした。昭和33年に亡くなります。ユーカリとコアラの風景とバイコフの愛した極寒のタイガとのギャップはボクの悲しみを深くするのに十分です。昭和50年公開の黒沢明監督の『デルス・ウザーラ』を思い出します。ナナイ族の猟師デルスウザーラに心打たれました。文明ってなんだろってね。地図製作の命を受けた主人公にバイコフが重なります。 

 

30年ほど前に書店でなにやら面白そうな本だなと手にしたのが「バイコフの森」でした。いっきに読み切りました。ボクはウスリー虎こそが地球上で最も強くて美しい生物だと思っていたので読後は一段と神々しく思えたものです。その週末に実家でオヤジと酒になったので早速バイコフの話を聞かせました。するとオレも小さい頃からバイコフファンだと言うので少しガッカリ。父は満州で生まれ育って終戦で始めて日本の土を踏みました。祖父はバイコフ本人に会っていて書斎にはバイコフ直筆のサイン入りの本が数冊あったとのことでした。装幀だったのかカバーだったのか不明ですが革表紙だったこと。祖父の書斎から持出して夢中で読んだのが『偉大なる王(ワン)』という本だったこと。眉間に王という印を持つ巨大な虎の物語です。1936年の発表で父が小学生の頃ですね。祖父の兄がハルピンに居まして亡命後のバイコフもまたハルピンに住まいしていました。

その頃の父の最大の楽しみは特急アジア(パシナ)に乗ることでビュッフェでカレーライスを食べるのが無上の悦びで給仕さんは全て若くてきれいなロシア人のおねえさんだそうです。亡命白系ロシア人のお嬢さんたちでしょうね。祖父は全くの下戸ですが女性が複数いてたまにしか帰宅しません。祖母の忍耐も限界に近づくと単独では祖父には勝てないので兄に助けを求めに末っ子の父の手を引いてハルピンへ向います。祖父も強烈ですがその兄という人は圧倒的迫力で祖父が飛び上がって正座して畳に額をこすりつけて詫びたそうで父が父ちゃんでも怖いものがあったんだと唖然としたようです。

ボクが子供のころ祖母が冬になると首にショールを巻いて外出します。素晴らしい毛皮でしたが祖母にこれは何の毛皮だ?って聞くと満州ヤマネコだと言います。そんなの百科辞典に乗ってないって言うとそんな百科辞典捨ててしまえと言われて。後年オトナになってマジマジト見るとま特徴のある模様はまぎれもないユキヒョウでした。